安心草堂(第2回)

「備えあれば憂いなし」のインテリジェンス 

安心草堂(第2回)
日本アイ・ビー・エム株式会社
特別顧問
元警察大学校長
近藤こんどう 知尚ともひさ
1 備えあれば憂いなし

ことわざに、「備えあれば憂いなし」というものがあります。これには複数の出典があるようですが、そのうちのひとつ『春秋左氏伝』※1では、家臣の将軍が、晋の悼公を戒めて「(昔の本に)安きに居りて危きを思ふとありますが、思えば則ち備え有り、備え有れば患い無し。」と言った、とあります。物事がうまくいっているように見える時でも、将来の危険について考えておくべきだ、という意味になります。

この言葉で筆者が思い出すことがあります。駐在官としてロンドンに派遣されていたときのことです。ある人の依頼でロイズ保険組合に話を聞きに行きました。ロイズは、17世紀に、ロンドンで営んでいたコーヒーハウスで海上保険の引き受けを行うようになったことが起源です。当時は帆船の時代ですから、全財産を積んだ船が目的地に着くには何か月もかかります。その船に保険をかけるわけですから、数か月後の目的地の政治、経済、社会の情勢がどうなっているか、ある程度確かな見通しを持っていないと、船会社や保険引受人は破産してしまいます。自分の財産に関わることですから、誰しもが真剣になり、必然的に国際情勢に対するセンスが磨かれていきます。

これは一例ですが、こうして養われた英国の国際センスの中から、国家が必要なエッセンスを抜き出して情報機関を組織したのだろう、という考えが、ロイズを訪問した際に筆者の頭に浮かびました。もちろん、制度的な面で保険組合が情報機関の起源であるわけではありません。ただ、英国の情報機関は、こうした国民生活の歴史の中で磨かれてきた層の厚い伝統に基づくがゆえに、世界でも優秀と評価されるのではないかと思います。

それでは、英国が世界中に貿易ルートを広げていた間、鎖国を続けていた日本はどうだったのでしょうか。両国で生活した経験がある筆者の印象では、また違った意味で日本にも優秀なインテリジェンスの素養があると思っています。それは、日本人の類いまれな知識欲です。あくなき好奇心といってもよいでしょう。戦国時代に日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル※2もこう言っています。「日本人に会ったことのある人びとがそろって同意するのは、彼らが並々ならぬ知識欲を持っている国民だということです。」日本人は、資源に乏しい島国で、自らの頭で考えることをやめず、ずっと工夫し続けることで生き延びてきたといえるでしょう。

このように、情報機関の在り方というのは、その国の事情によって様々です。その役割や行動様式に一定の共通点がある一方で、それぞれの国の置かれた状況に応じて、その果たすべき機能は異なってきます。ですから、他の国と制度や組織の作り方に違いがあっても、それがその国の在り方に合っていて、必要な機能を果たしていれば、それでよいわけです。ただいずれにしても、その根幹にあるのは、「備えあれば憂いなし」の精神―無事の日に嵐のことを考える、つまり、目の前にはっきりとは見えていないが、いずれ生じるであろう危難に備える、ということが、共通する出発点なのではないかと思います。


※1
 小倉芳彦訳『春秋左氏伝(中)』岩波文庫、1989年、p.200
※2
 ピーター・ミルワード(松本たま訳)『ザビエルの見た日本』講談社学術文庫、1998年、p.40

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