管区警察学校へようこそ〜交通鑑識のプロによる講義〜

vol.1 交通鑑識的視点から見た初動捜査

管区警察学校へようこそ〜交通鑑識のプロによる講義〜

警部補任用科の授業「交通事故事件現場における捜査要領」を、当時を再現し、実況中継形式でお届け!

澁澤しぶさわ 敬造けいぞう
株式会社交通事故調査澁澤事務所 代表取締役
元警察庁指定広域技能指導官(交通鑑識)
vol.1 
交通鑑識的視点から見た初動捜査

はじめに

皆さんこんにちは、都内で鑑定事務所を経営している澁澤敬造と申します。在職時は、広域技能指導官(交通鑑識)として技能の伝承や現場の支援に尽力してきました。現在も産官学と連携して鑑識技術の開発をし、実際の現場調査、鑑定を通じて皆様を支援しております。

この連載は、関東管区警察学校長(当時)の那須修先生が警察教養における「経験の共有」を図ろうと企画された連載で、警察官としての実務能力を向上させ、経験値を高めようとするものです。

この度、私が定年退職まで東北管区警察学校において、警部補任用科の交通課程に行っていた授業内容を紹介する機会をいただきましたので、交通鑑識という視点から見た、交通事故事件の捜査の在り方について連載させていただきます。当時の授業を再現しつつ、さらにブラッシュアップして、実況中継の形でお話ししたいと思います。

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交通鑑識係と事故捜査係は交通事故事件捜査の両輪といわれます。現場捜査における目の付け所に違いもあるのですが、被疑者に適正な量刑を科すという目的は一緒ですので、相互の理解を深める上でも、まっさらな気持ちで学びを進めていただければ幸いです。

もちろん他の部門の皆様も、交通警察への理解を深める上で有益であると思いますので、最後まで読み進めていただきたいと思います。

なお、文中の写真は、捜査の機会に教養資料として別途撮影したもので、捜査資料ではありません。また、授業で使用している図解も載せて説明しますので、理解を深めてくださいね。

〜では、さっそく授業を始めましょう〜

 

1 交通鑑識とは

(1)捜査の心構え「捜査を尽くす」

事故事件の捜査において、なぜ交通鑑識力が必要なのか知っていますか?

なんとなくすご技だから必要と思っていませんか?

まず、他山の石として、近年実際にあった非違事案を紹介します。

「警察署管内で発生した当て逃げ事件の証拠をごみ箱に廃棄し、廃棄を指示した警部補と、廃棄した巡査長が証拠隠滅の疑いで書類送検された。廃棄した理由は、『捜査が面倒』―」

「これ、うちの県だ」、と思わなくていいですよ。どこでも起こり得る話です。当て逃げ事件の部品を捨てちゃった、という事案ですが、交通鑑識力があれば車種を特定できたのは事実です。

ただ、この事案の問題点はそこではありません。

では、捨てちゃったことが問題?(それは当然だめですが、)そこでもありません。

問題は、「説明責任を果たせなかった」ということです。「捜査が面倒だった」では説明にならないわけで、交通鑑識も活用して捜査を尽くした上で、「捜査したのですが分かりませんでした」と正直に言えればそれで良いのです。捜査の手法は、授業や経験で学び、全ての取り扱いで捜査を尽くせば良いのです。

(2)交通鑑識部門の発足と役割

現代では、各都道府県警察に交通鑑識がありますが、一昔前までは専門の係はありませんでした。各自治体において交通鑑識の発足経過に違いがありまして、刑事鑑識から人材を登用して発足した県やひき逃げ捜査班から部品捜査に特化した係とした県など、様々です。

宮城県警察の交通鑑識は、私が発足に関わり初代の係長だったのですが、ひき逃げ捜査、中でも部品捜査からの車種特定を得意として、他の捜査技術の研究・開発を行い、速度鑑定や衝突状況のシミュレーションはもとより、車両火災や車両欠陥の鑑定も行っておりました。

車両火災や車両欠陥の捜査については、他の県警察では所掌していないところもあるでしょうし、私の持っている交通鑑識の技術は、何かしらお役に立てることがあろうかと思います。皆様の仕事の上で、自動車に関する引き出しの一つとして活用していただければ嬉しい限りです。

私も退職して5年目を迎えます。現在では、この図の全ての分野が行われているわけではないとのことで、交通鑑識分野の技能伝承の難しさも感じていますが、私も元広域技能指導官としてサポートしていきたいと思います。

宮城の交通鑑識

(3)交通鑑識とは、謎解き

皆さんの中には、事故捜査係を経験されていない方もいらっしゃると思います。この授業を聞いたからといって、明日から交通鑑識ができるようになるわけではありませんが、「ああ、そういうことができるのか」、「そのために現場ではそういうことをすればいいのか」、というところを掴んでいただければよろしいかと思います。

事故捜査係を経験されている方は、交通事故の捜査、実況見分についてはこれまでにご経験済みでしょうし、授業も受けていることと思います。

そこで、事故捜査係を経験されている方に質問です。

事故事件の捜査は、「どこで危ないと思ったんですか」などと、当事者の供述から関係地点を特定していく捜査でしたよね? 先輩は「お互いの話をまず良く聞いて、その事故形態でいいか現場と照合すること」と教えてくれましたね?

被疑者に対する丁寧な対応は、もちろん必要なのですが、この授業は「交通事故事件現場・・における捜査要領」ということで、交通鑑識的な視点から見た事故事件捜査要領についてお話しします。

交通鑑識の立場に立った授業とは、「まず現場」、当事者よりも正確に事故を語るのは現場である」という視点に立った授業です。

交通鑑識の視点に立つ捜査とは、供述を基にしない捜査、つまり、「関係者の指示説明にとらわれない、痕跡を基にした捜査」を指します。この、痕跡を基にした地点特定が交通鑑識であって、究極的には交通事故解析に他なりません。

謎解きをするのが交通鑑識なのです。その意味では、ひき逃げの車種特定も謎解きですね。

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2 ひき逃げ捜査でパニクらないために

(1)苦手意識を覆す、目からうろこな考え方

交通を担当されてきた皆さんは、「ひき逃げ事件発生」と聞くと、「うわぁ、嫌だなぁ、大変だぁ」と思うんじゃないですかね。でも、そんな風に受け止める必要性なんてありませんからね。

まず最初に言っておきます。ひき逃げって、単に車がいなくなっただけ、つまり一方の当事者がいなくなっただけなんですよ。

「じゃあ、もう一方(の車)は後で見分すりゃいいのか
現場で当事者の話が食い違うこともなく、極端な話、片方の話だけ聞けばいいんだ

というくらいの気持ちで良いのです。

真っ暗な現場で交通鑑識車の投光器をつけて、そのスポットライトを浴びて、まるでスター気取りで痕跡と対峙する。

まさに私の晴れ舞台って感覚になります。どうしたらそんなお気楽な感覚になれるかということを解説していきますので、楽しみに読み進めてください。

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(2)苦手を楽観に変えるには「学習」あるのみ

ひき逃げ事件でも慌てず落ち着いて捜査をするためには、普段発生する事故で、

車が人に衝突するとどういう痕跡が残るのか
車と車がこのように衝突すると、こんなものが落ちて、こんな痕跡が残るんだ
当事者がバイクならどうなるんだ
人がはね飛ばされるとどうなるんだ、どんな痕跡が残るんだ、現場はこのような状況になるんだ

ということをしっかり頭に入れておけば、なんてことはないんですよ。

ところが、普段の事故現場でそういうことを頭に入れておかないと、つまり「学習」していないと、いざ片方の当事者がいない現場で、何をどういう風にすればいいのか、何がどうなっているか分からなくって、現場でパニクってしまうわけです。

つまり、常々事故捜査に行って事故処理しかしていないってことになるんです。無線で「事故処理終了」なんて吹いていませんか?

事故は事件であって、捜査なのですから「事故捜査終了」って誇らしげに吹いてください。

(3)交通鑑識的な視点で「学習」し、痕跡から真実を見いだす力を磨く

普段の事故捜査での「学習」とは、これから解説するような交通鑑識的な視点で物を見ることなのですが、ある意味センスを磨くことです。

交通鑑識のセンスとは、現場にどういう痕跡があるのかを知識として持って、その痕跡の意味するところを見抜く力のことです。

例えば、「人をはねました」というのは供述に過ぎないのです。

裁判では証拠がなければ事実認定してもらえません。いかに衝突の証跡を写真で証拠化するか、その前に、いかに証拠となる痕跡を見つけるかなのです。

この交通鑑識的なセンスは、問題意識を持って痕跡と向き合わなければ磨くことなんてできません。痕跡から真実を見いだす力、訊く能力が、交通鑑識的センスです。

普段の事故捜査で学習!!

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