日本アイ・ビー・エム株式会社
特別顧問
元警察大学校長
近藤 知尚
はじめに
警察官の皆さん、日々の勤務ご苦労様です。私は、1989年に警察庁に入庁し、最後は警察大学校長をやらせていただき、2024年に退官しました。35年の警察官人生のうち、その過半を警備警察に関係する仕事に費やしてきましたが、退官して通常の市民生活を送る中で、安心して暮らすことのできるありがたさに、改めて感謝しています。そこで、そうした立場から、時代を超えて何かヒントになるようなことを、この誌面をお借りしてお伝えしていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いします。
なお、本連載は、秘密にわたる事項の記載を避けて、自分が考え、感じてきたことを個人の意見として正直にお伝えするものです。したがって、何らかの組織や団体の見解を代表するものではなく、どのような意味においても公式なものではありません。また、もし誤り等がありましたら、すべて筆者の責任に帰するものであることをご了解ください。
1 鼓腹撃壌
『十八史略』という中国の古典に、「鼓腹撃壌」というお話があります。聖人と崇められた帝王・堯の治世にあって、老人が、腹鼓を打ち(鼓腹)、足踏みをして(撃壌)、「日がのぼれば野良しごと 日がしずんでひとやすみ 井戸をほって水を飲み 田畑をたがやして米を食う 天子さまのおちからなど べつにわしにはかかわりない」※1 と自分の幸せを歌っていた、というのです。この話を読んで、私は、「夜明け前に野盗の襲撃があったらどうだろう 日没後に盗人が盗みに来たらどうだろう 井戸を奪われたらどうだろう 田畑を荒らされたらどうだろう」と考えました。そうしたことを誰かが防いでくれているはずですが、この老人は、そこまで考えが及んでおらず、自分だけの働きで生活がすべてうまくいっている、と思っているのです。まことに幸せな状況です。
どんなに良い世の中でも、犯罪が全くなくなるということはありません。良い法律や制度があれば、それだけで犯罪をなくすことができるというものでもありません。制度だけで犯罪をなくすことができるのであれば、人類の何千年という歴史の中で(その中にはたくさんの良い治世もあったはずです)、犯罪などとっくになくなっているはずです。しかし、そうではないことは、日々、私たちが目の当たりにしているとおりです。
それでは、なぜ犯罪がなくならないのでしょうか。それは、社会というものが、法律や制度だけでできているのではなく、その構成要素が「人間」であるからです。人間の中には、様々な理由で法律や制度に従わない者が必ずでてきます。それをできるだけ最小限度にするには、まず、そもそも悪いことをしようとは思わせないようにすることです。次に、悪いことをしようと思っても、警戒が厳重だったりして、それが実現できないと思わせることです。そして、それでも実際に悪いことを実行に移した場合には、その実現が途中で阻まれたり、実行しても捕まえられたりして、本来期待した成果を享受できないようにすることです。法律や制度がそこにあるだけでは十分ではありません。法律や制度から逸脱しようとする「人間」の行為を、「人間」の活動によって押しとどめる必要があります。それが警察活動であり、およそ社会が存在する以上、その意義が失われることはありません。
※1
曾先之(今西凱夫訳)『十八史略』ちくま学芸文庫、2014年、p.28
2 今、日本に求められている「インテリジェンス」
ところで、冒頭に述べた「鼓腹撃壌」のような状態が、日本にもありました。第二次世界大戦後、アメリカを中心とする西側民主主義諸国と、ロシアの前身であるソ連を中心とする東側共産主義(社会主義)諸国がそれぞれの陣営に分かれて対立する、東西冷戦という国際社会の枠組みがしばらく続きました。当時、両陣営が、政治的にはそれぞれの勢力圏を拡大しようと画策する一方で、軍事的には核兵器の抑止力により膠着したにらみ合いが続きました。両陣営が、軍事的に正面衝突をすると、全面核戦争、ひいては地球の滅亡に発展するおそれがあったからです。中国、北朝鮮が東側である一方で、日本は西側陣営に組み込まれました。こうした国際的な環境の中で、日本は、安全保障に関しては同盟関係にある米国との関係さえ維持しておけばよく、それ以上のことはあまり考える必要がなかったのです。
「鼓腹撃壌」の井戸をほり、田畑をたがやす、というのは、今でいえば経済活動です。日本が安全保障について独自に判断する必要があまりない、冷戦という国際情勢の中で、日本では、「世の中は経済活動の理論がすべてである」、「社会は経済活動の考え方のみによって成り立っている」、という考え方が支配的でした。もちろん、経済活動は重要です。ただ、ややもすると、経済活動の都合だけを考えていればよい、という安全保障軽視の姿勢が、現在に至るまで、未だに抜け切れていないように感じることもあります。これがまさに、戦後日本の「鼓腹撃壌」です。