インテリジェンスこぼれ話(第42回・完)

スパイの探知検挙に必要な制度と法律

インテリジェンスこぼれ話(第42回・完)

    長らくお付き合いいただきましたが、本連載「インテリジェンスこぼれ話」は、今回で最後となります。
 高市内閣では、スパイ防止関連法制の策定が課題とされているので、最終回では、この課題について触れていきたいと思います。
 さて、スパイ防止には、多面的・重層的な対策が必要です。大きく分けて、3分野の対策があります。第1に、純粋防御で、各自の組織における情報漏洩やスパイ行為の防止であり、具体的には、防諜・保全担当部署の整備、セキュリティクリアランスなどの人的保全、情報システム保全など、幅広いものが挙げられます。第2に、積極防御で、スパイ行為を探知し解明した上で、検挙・摘発するなどして、実害が生じないようにする対策です。第3に、攻勢的防諜で、探知したスパイを使って相手を欺瞞する、あるいは相手の諜報組織中枢に浸透してその情報を使って対策を行うことなどです。
 このうち、第2の積極防御は、我が国では警備警察の重要な任務です。また、諸外国では、セキュリティ・サービスの任務です。セキュリティ・サービスとは、インテリジェンス機関の1つであり、本連載第1回(本誌令和5年2月号54頁以下)で簡単に触れましたが、その主任務は、国内における国家安全保障のための諜報活動です。国家安全保障に対する大きな脅威は、スパイ活動、暴力革命・政府転覆活動、テロなどであり、これらを阻止し防止する活動です。
 今回は、この第2の積極防御、すなわち、スパイの探知検挙に必要な制度と法律について、米国のセキュリティ・サービスであるFBI国家安全保障部門と対比しながら、説明していきます。

日米のスパイの探知解明能力の格差

    さて初めに、我が国のスパイの探知解明能力は、どの程度なのでしょうか。
 米国については、司法省ウェブサイトで起訴事例が公表されており、それによれば、FBIによる先端技術窃取やスパイ事件の検挙摘発件数は、年平均で30件くらいあります。他方、我が国警察による検挙摘発件数は、年間せいぜい2件程度でしょう。また、地域別に見ると、米国では全国に56のFBI支局がありますが、本連載を通じて紹介した事例でも、検挙した支局はニューヨーク、ワシントンDC、ロサンゼルス、ボストン、ニューアーク、クリーブランド、アルバニーなど、全米に及んでいます。クリーブランドやアルバニーは中規模の支局で、総人員数は300人前後、防諜部署は50人前後に過ぎませんが、それでも検挙摘発しているのです。他方、我が国の検挙事例のほとんどは警視庁で、まれに他の大府県警による事例があるくらいです。
 この格差は、どうして生じるのでしょうか。格差の要因としては、情報収集能力と処罰規定という2つの側面がありますが、より決定的なのは、前者の情報収集能力です。
 私は前世紀に、国際テロ対策の職務に従事して、欧米のセキュリティ・サービスの職員と付き合った経験がありますが、印象的だったのは彼らの情報収集能力の高さです。彼らは対象団体の動向について、実に詳しく正確に知っていたのです。
 我が国であれば、尾行張込をして情報を収集し、司法令状を得て捜索差押を実施するほか、協力者からの情報が少しあるくらいですが、欧米では、秘密の通信傍受や信書開披、住居などの秘密捜索やカメラ・マイクなどの監視機材の設置、さらに身分仮装による潜入調査、おとり調査などを活用していたのです。
 FBIは、警視庁公安部の尾行張込技術は世界一流であると評価しているそうですが、そもそも欧米諸国では、我が国ほど尾行張込はしません。人手が掛かる割に、効率が悪いからです。他に情報収集手段があるので、尾行張込に頼る必要がないのです。
 そして、21世紀の今や、サイバー空間が主要な活動空間となっています。当然、スパイ活動もサイバー空間を主要空間としています。工作員と協力者の関係を見ても、サイバー空間を経由してリクルートし、サイバー空間で情報をやりとりし、サイバー空間で報酬を支払うことが可能となっています。工作員は必ずしも、物理的に協力者と会う必要がなくなっているのです。こうなると、尾行張込ではもはや対抗できません。サイバー空間を監視する必要があります。
 米国FBIがどういう手法を使っているかは、公表された起訴状やFBI捜査官の宣誓供述書を読み込むと浮かび上がります。典型的な手法は、広義の通信傍受です。通信回線を傍受する、データセンターから必要なデータを入手する、容疑者の携帯端末をハッキングする、というのが主な手法です。入手できる情報は広範にわたり、例えば、音声通話、メール、SMSなどのテキストメッセージ、音声ファイル、iCloudなどのクラウドデータも入手できます。加えて、ヤフーやグーグル検索、グーグルマップでの検索履歴、携帯電話の位置情報など、つまり、サイバー空間における活動のほとんど全てを把握できるのです。
 最近は「シグナル」などの暗号化通信アプリが普及し、データを自動消去できるので、FBIでも簡単には情報収集ができないと誤解している警察幹部がいます。しかし、起訴事例を見ると、容疑者の携帯端末をハッキングして「シグナル」による通信をリアルタイムで監視していたと見られる事例があります。
 米国では、このような圧倒的な情報収集能力を使って、スパイを探知検挙しているのですが、残念ながら、我が国警察にはこのような情報収集能力はありません。

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