山岳遭難救助活動の実際 ~登山者と隊員の命を守り抜くために~(第4回)
多くのことを学んだ警部補時代を振り返って
多くのことを学んだ警部補時代を振り返って
警部補として昇任配置された松本警察署は、国宝松本城を中心に古くから城下町として栄えた松本市を管轄し、同市は県庁所在地のある長野市と並ぶ長野県の中核都市であるため、事件事故の取扱いも多く、署員数も約300人と、県下有数の大規模署として知られています。
さらに、登山者に人気の高い槍穂高連峰を管轄するため、山岳遭難の取扱いも多く、私が係長として勤務した2年間で、管内では、平成25年は80件、翌年は74件の遭難が発生し、いずれの年も県下で最多の遭難件数でした。特に夏から秋にかけて登山者が集中する季節は、遭難が多発し、一日に複数の遭難が発生することも珍しくありませんでした。
そのため、山岳遭難担当の係長は、呼出しが多いとの理由から、警察署に一番近い官舎へ入居することになり、常に連絡が取れるようにと公用携帯電話が貸与されていました。着任前の事務引継ぎの際、前任の先輩係長から
「この電話は、常に肌身離さず持っているように」
との申送りとともに引き継いだのですが、その言葉どおり、登山シーズンとなれば警察署から土日を問わず遭難発生の連絡が入り、時には早朝から、場合によっては山中の山小屋から、直接この携帯電話に遭難の発生を告げる電話が掛かってきました。
このように、それまでとは業務内容も勤務環境も大きく異なる事案対処の最前線に放り込まれることになったのですが、松本警察署での勤務は、今振り返っても多くの貴重な経験をさせていただきました。
警部補に昇任する前に所属していた機動隊では、「山岳遭難=現場出動」でした。しかし、係長という立場になって警察署で勤務をすると、現場出動以前に、その前段として、通報の受理及び聴取、救助方針の検討、隊員の召集、ヘリコプター救助の調整、現場付近の山小屋への出動依頼など、様々な調整業務があり、改めて自分が山岳救助活動のごく一部にしか携わっていなかったことを認識させられました。昔から「段取り八分」という言葉がありますが、山岳救助においても事前の段取りは非常に重要になります。
例えば、遭難届の受理時には天気が良く、
「これならヘリコプターで救助できるだろう」
と見込んだ現場でも、いざヘリコプターがフライトし現場へ到着する頃には、急に湧き上がった雲により接近が困難になり、地上部隊による対応を余儀なくされることはしばしばあります。このような事態に備え、ヘリコプター救助の手配と並行して、地上部隊の編成や出動の手配を進めておくことが重要になるのです。
また、ヘリコプターで救助を行うにしても、現場の正確な位置や気象状況といった情報収集のほかに、ヘリポートのある病院へ直接搬送する場合は病院との連絡調整、場外ヘリポートへ着陸させる場合は、管理者への連絡や規制要員の配置、遭難者に対する飛散物対策の指示、救助隊員が先着していれば吊り上げ用ハーネスの装着の有無など、ざっと思いつくだけでも、これらの細かな調整を事前に行わなければなりません。
逆に言えば、これらの調整がないままヘリコプターが飛ぶようなことがあれば、行き当たりばったりになってしまい、不安全要素が非常に高い活動となってしまいます。
現在、私は、警察本部で県下全体の遭難対応をする立場にいますが、「山岳遭難=ヘリコプター救助」とのイメージが強いのか、遭難が発生すると警察署からすぐに
「ヘリをお願いします」
とのリクエストを受けることがあります。読者の皆さんの中には、今後、警察署などで山岳遭難に対応する機会があるかもしれません。そのような時は、そんなに簡単にはヘリコプターは飛ばせるものではないということを覚えておいていただきたいと思います。

松本警察署が管轄する槍穂高連峰は、標高3,000mを超える荒々しい岩稜が連なるため、ここでの滑落や転倒は、致命的な結果を招きます。不幸にも命を落とす死亡遭難が非常に多いのも特徴の一つです。私が係長として在籍した2年間で、死亡遭難は28件ありました。
警察官であれば、検視等の業務でご遺体を取り扱うことは珍しくありません。しかし、その家族対応となると、どうでしょうか。具体的には、事件事故で亡くなった当事者のご家族にその事実を伝え、死者の身元確認を求め、当時の状況を説明する、といった業務になりますが、私は警察署の係長になって初めてそのような山岳遭難で亡くなった方の家族(遺族)対応を経験しました。
今でも忘れられないのは、働き盛りの50代の男性が、穂高連峰の「大キレット」という難所を1人で登山中、登山道から数百メートル滑落し亡くなってしまった事案です。滑落を目撃した別の登山者が110番通報し、天候が安定していたことから発生から間もなくして県警ヘリで救助できましたが、男性は、ヘリ収容時、生死の境にある極めて厳しい状態でした。
男性の所持品から氏名が判明する中、前日に登山口から回収した登山計画書がちょうど警察署にあったことから、氏名と符合する登山計画書をその中から発見し、早期に緊急連絡先を把握することができました。
すぐに緊急連絡先が判明したことは良かったものの、問題はその先でした。間もなく病院のヘリポートに搬送されるというタイミングで、私は担当者として男性のご家族にこの厳しい現実を告げなければなりませんでした。一刻も早く連絡をしなければならないということは頭では分かっていても、なかなか受話器を握った手を持ち上げることができませんでした。