山岳遭難救助活動の実際 ~登山者と隊員の命を守り抜くために~(第6回・完)
希望を紡ぐ山岳遭難救助活動
第6回(完) 希望を紡ぐ山岳遭難救助活動
長野県警では、多発する山岳遭難に的確に対応するため、平成27年に全国で初めて山岳遭難対応を専門とする「山岳安全対策課」(以下「山岳課」と略します。)を地域部内に設置しました。私は、機動隊勤務を経て平成29年にその山岳課に異動し、3年間勤務をさせていただきました。
山岳課は、安全対策係と救助係に分かれており、安全対策係の業務は、訓練の企画立案、救助隊の装備品調達、予算要求、山岳遭難統計の管理、遭難防止対策などであり、それまでの警察署や機動隊のような現場活動と訓練が中心の所属とは打って変わって、県警察の山岳遭難救助活動を支える裏方的な業務と言えるものでした。
これらの業務を通じて学んだことは、単刀直入に言えば

例えば、新しい人材の配置がなければ、ベテランばかりの組織になり、ある一定期間は経験豊富なメンバーが揃い安定感があるかもしれませんが、固定化した人員配置は業務遂行や判断基準の属人化を招き、さらには必ず訪れる世代交代に際して、急激な戦力ダウンが避けられなくなるでしょう。装備にしても新しい装備品が配備されなければ、活動の安全性や効率の低下に直結し、二重事故にも繋がりかねません。教養訓練にしても然りです。
私は、デスク業務を通じて、それまで諸先輩方が苦労を重ねながら救助隊を守り、育ててきた歴史を知りました。デスクの使命は、その流れを引き継ぎ、救助隊をより強く安定的な組織にすることに他なりません。
とは言うものの、デスクの業務には、現場の救助活動のような華々しい活動はなく、ここで皆さんに紹介できるようなエピソードもあまり見当たらないのですが、私が救助隊に貢献できた(と思っている)業務を一つだけご紹介したいと思います。
救助活動にはロープ、カラビナ、アイゼン、ピッケルなど様々な器具を使用します。また、救助隊員は時として、夏は暴風雨、冬は吹雪の中でも活動しなければならないため、そのような過酷な環境から身を守るため、登山用のウェアを着用して活動します。その中でもレインウェアと冬用のヤッケは暴風雨や過酷な冬山の寒さから身を守る重要な被服と言えます。当然、それらは使用頻度も高く、消耗も早いのですが、ゴアテックス製の登山用のレインウェアやヤッケは非常に高価なため、そう簡単に更新ができるものではありません。
私が安全対策係長に着任した当時、先任のO係長が、全隊員分のレインウェアと冬用のヤッケを更新するために500万円を超える予算を確保してくれており、私は実際の調達業務を担当しました。この時の更新は実に8年ぶりで、現場の隊員からは
しかし、このような大型の更新整備は、次回も同様の予算が確保される保証はなく、装備品の耐用年数を考慮しても、毎年継続的に一定数の更新ができるような安定した仕組み作りが必要でした。長野県は山岳遭難の発生も多いため、会計課の理解もあり、他の都道府県警察に比べれば山岳遭難救助関連の予算は多い方でしたが、限られた予算の中で頭を悩ませながら優先順位をつけて更新整備を図っており、そのため、例えば装備としては支給されない中間着や防寒着等は、私費で購入しているのが現状でした。
所帯を持つ隊員(私自身もですが)は、各家庭の勘定奉行から

そこで着目したのが、被服に関する県警察の訓令でした。どの都道府県警察にも同様の訓令が存在するかと思いますが、警察官が着用する被服は、その仕様が訓令で定められており、一般的な制服だけでなく、鑑識課員、交通機動隊員などが着用する制服も、特殊被服としてその種類と仕様が定められています。長野県警の場合は、ここに山岳遭難救助隊の被服も含まれています。
私が巡査部長のとき、警務課の装備係で1年間勤務したことは、本連載第3回(本誌12月号32頁以下)で触れましたが、装備係での勤務経験がこの時役に立ちました。装備係勤務時にお世話になった隣の席のY係長が被服の担当をしており、日常的に目にする決裁書類の中に被服の購入に関する伺書などがある中で、私の担当業務ではありませんでしたが、係長から被服の予算や購入の仕組みについて教えてもらったことがあり、その時の記憶が頭の片隅に残っていたのです。
訓令に定められている被服は、被服の予算から支出して購入するのが原則です。被服の予算規模は、山岳救助隊の装備品の予算よりもはるかに大きかったため、私は、もっと被服の予算を活用して、アウターシェルやインナーウェア、ヘルメットやグローブなど、隊員が身につける装備を整備していけば、装備品の予算はロープやカラビナといった純粋な救助装備品に充てることができ、大きなメリットがあると考えたのです。実際のところ、当時、被服の予算を根拠に購入されていたものは、ボタン式のシャツとズボンのみでした。
その原因は、訓令の中身にありました。救助隊の被服に関する訓令は、制定当時から改正が行われておらず、いわゆる「昭和」のままの内容となっていました。一例を挙げれば、ズボンは「毛織物製のニッカボッカズボン」など、今ではまず目にすることも入手することもできないクラシックな登山スタイルのままだったのです。
この訓令を現状に見合った内容に改正することで、解決の糸口が見えてきました。その後、私は警部昇任に伴い異動となったため、実際の訓令改正の手続は、当時の補佐が中心になって進められましたが、
また、おそらく皆さんも初任科当時から「耳にタコ」ができるほど言われてきた言葉だとは思いますが「常に根拠を確認すること」の重要性を身をもって実感した事例でもありました。