テロと心理学(12)
ブランチ・ダヴィディアンによる 立てこもり事件における交渉失敗の分析(その2)
ブランチ・ダヴィディアンによる 立てこもり事件における交渉失敗の分析(その2)
人質交渉の失敗事例の分析
テロ事案においては、しばしば犯人側との交渉が必要となってくる。テロにおける交渉では、犯人側組織の思想や行動傾向などについての事前の知識が重要であるが、それと同時に交渉途上におけるさまざまな駆け引きや戦術も重要になってくる。ただ、問題なのは、これらの駆け引きを数多く経験し、経験を積むのは難しいという点である。これらの事件がそれほど多く発生するわけではないからである。そこで、過去の交渉事案についての分析、特に「交渉失敗事例の分析」が必要となる。ここからは成功事例よりもより多くの教訓が得られることが多い。
前回と今回は、ブランチ・ダヴィディアンによるウェーコ事件について分析を行っている。この事件の概要については以下に示すが、新興宗教集団における立てこもり籠城からはじまり多くの死者を出してしまった交渉の失敗事案である。前回の分析では、「作戦の成否を左右するような大きな状況変化」、具体的には奇襲情報の漏れがあったにもかかわらず、作成を再考せずに元の計画のまま実施してしまった点について考察した。今回は交渉におけるその他の問題点について検討してみたい。
解説:ブランチ・ダヴィディアンによるウェーコ事件
1993年2月28日から4月19日にかけて、テキサス州ウェーコで発生した事件。武装していた新興宗教団体ブランチ・ダヴィディアン(教祖はデビット・コレシュ)の施設に対して、アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(ATF)が強制捜査に入ろうとしたところ、教団側と銃撃戦になり、立てこもり籠城に発展した。その後、連邦捜査局(FBI)が交渉を引き継いだが、籠城は51日間に及んだ。最終的にFBIの人質救出チーム(HRT)が突入を試みたが、その際に彼らの施設が火災になった。最初の強制捜査時の銃撃戦でATF捜査官4名と教団側信者6名が、火災では信者76名(子供25人、妊婦2人を含む)が死亡した。
交渉の引き継ぎの失敗
この事件は、基本的には不法銃器と火薬類の保管というアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(ATF)所管の事件であった。しかし、強制捜査の失敗によりATFは一旦撤退した。その代わりに交渉を引き継いだのは、連邦捜査局(FBI)である。ATFは連邦の組織であり、連邦の警察官(職員)の殺害は州の管轄でなく、連邦が捜査権をもっているので、この事件はこのあとFBIが引き継ぐことになる。また、FBIはATFよりも規模も大きく経験も豊富な組織であった。
当初到着したFBIのチームには、人質交渉の経験が豊富なゲイリー・ノエスナー捜査官が含まれていた。彼はすでに現役の交渉人ではなかったが、ATFの交渉人であるジム・カヴァナー捜査官が疲労困憊していたので、カヴァナーから交渉を引き継ごうとした。しかし、カルト側のリーダーであるデビット・コレシュはこれに難色を示す。
その理由は、カヴァナーがコレシュに対して、「最後まで一緒だ」、「君たちとの問題が解決するまで私が責任を持って話をする」といってラポール(人間関係)を築いていたからである。交渉人にとって、まず問題となるのは犯人側と打ち解けて話ができる状況を構築することである。そして、基本は最後までひとりの交渉人が担当するのが理想的である。ほとんどの立てこもり事件は、24時間以内に解決するので、ひとりで最後まで担当するというのは決して難しいものではない。しかしながら、本ケースなどのように交渉が長期化したり、交渉主体が変わったりしてしまえば、交渉人が変わるケースも十分あり得る。そのため、「最後まで一緒である」とか「私が責任を持って」的な話でラポールを作り出すのは危険である。ただ、実際にはこれらの言葉は、相手との間に比較的簡単に信頼関係を作り出すことができるので、濫用されがちである。
実際、このケースではカヴァナーが教団を「見捨てる」ことを理解させ、新たな交渉人であるノエスナー捜査官との間への新たなラポール形成に手間取ることになってしまった。その後、ノエスナー捜査官はさらにジョン・コックス捜査官率いるFBIの正規の交渉チームにもう一度、交渉人を変更しなければならなかった。ここでも引き継ぎはスムーズにできたわけではない。
最初の交渉人は、専門的な交渉担当者がするのではなく現場担当者がとりあえず行うことが多く、その場合にはその後に引き継ぎのフェーズが必ずやってくる。そのため、現場担当者は交渉に際して、交渉の引き継ぎが生じることを念頭に置いて、不用意な発言をすべきではないだろう。これがしばしば、交渉にとって重要な初期フェーズでの交渉失敗や事案の長期化を招いてしまうことがある。
実現可能な要求を引き出すという交渉戦術
さて、この事件において、立てこもった集団を投降させるための方法はなんだろうか。彼らの最大の要求は、警察の部隊の撤収ということであるが、それは彼らが法を犯しており、かつ連邦捜査官に死者が出ている以上、受け入れ可能なものではない。そのため、交渉人がすべきことは、何らかの実現可能な要求を彼らに出させて、それを実行する代わりに投降させるという戦術になる。
一般にテロリストとの交渉において、相手の要求に従うことはもっともしてはならないことである。実際、アメリカを始め多くの国では、「いかなることがあってもテロリストの要求には屈しない」とあらかじめ公言し、少なくとも表面上はそれを守っている。これは、テロリストの要求に従ってしまえば、その事案は解決するかもしれないが、その後、そのやり方が政府等を屈服させ、テロリストの思うような成果を得ることができると考えたテロリストが類似の事件を引き起こすようになるからである。
たとえば、日本政府はテロリストのハイジャック犯人の要求に従って、獄中の左翼テロリストを超法規的措置によって解放したことがあったが、これは、その後、世界中でハイジャックが増加してしまうという結果をもたらした。
しかしながら、実際問題としてたんに「もう逃げ道はない、投降せよ」というだけの方法では、今回のように武器や食料をある程度備蓄している集団では交渉は長引いてしまうのは明らかである。そこで、交渉人のゴールとしては、「実現可能だが、ほかの類似集団の活動を増加させない」ような要求を出させ、それと引き換えに投降させるという方法になる(もちろん、突入等の方法もあるがこれは基本的には交渉の後の最終選択肢となる)。
そこで、FBI交渉チームは、コレシュから要求を引き出すことに重点を置いて、交渉を進めることにした。要求はなかなか出てこなかったがFBI交渉チームは時間をかけて話をし、最終的にコレシュに、「自分の声を世界に届けたい」という要求を出させることに成功した。これは交渉チームの戦術がうまくいった点である。なぜなら、この要求は他のテロリスト立てこもり事案に比べて極めて控えめであるからだ。しかも、それは自分の宗教的な意見の表明といった影響力もそれほど大きくない事柄である。
これはそもそもコレシュがこのような事態になることを想定していなかったし、そもそも、国家に要求すべきことなどなかったからである。要求がないものに要求を出させ、それがそれほど大きな影響力をもっていない、少なくとも類似犯罪を増加させる危険性が少ないものであったということはFBI交渉人の手腕を賞賛すべき点である。通常なら、これで事態は解決に向かうはずである。
FBIは、地元のラジオ局(KRLD)でコレシュの説教を放送することを約束し、放送するたびに、子供や女性信者を解放することを承諾させた。最初の3日間で、交渉人は20人(その多くは子供)の救出に成功した。また、コレシュに、ローカル局でなく、全国放送で説教を放送することができれば、自分を含む残りの信者全員が投降するということを約束させることにも成功した。
宗教指導者による「神からの指令」戦術
ところが、その後、FBIがそして誰もが予想していなかった展開となった。約束の投降期日になって、コレシュは、突然、投降を撤回したのだ。彼は神から待つようにと指令を受けたといって、突如祈り始めたのである。
交渉において、犯人と何らかの約束が取り付けられた場合、それを言葉として明確に確認するのが基本である。このような確認をすることによって、犯人側も自分の発言を撤回しにくくなるからである。また、約束を破れば犯人自体も仲間や支持者からの信頼を失う危険性が生じる。したがって、言葉として明確な約束を取り付ければ、その時点で交渉は成功することが多い。FBIが想定できなかったのは、これがテロリストによる立てこもりではなく、自称ではあるが神と会話ができる宗教指導者による立てこもりであったという点である。このような状況下では、「神の指令」という言葉によってあらゆる突然の行動は正当化される可能性がある。約束を突然、反故にすることは、個人の指導者であれば、指導者の動揺や一貫性のなさとして信頼を失わせることになるが、宗教集団の指導者の場合には、ある種、「神に責任を転嫁」し、自らの評価を低下させずに、約束を反故にすることが可能なのである。
FBIでもこの種の事件に遭遇した経験はこの時点で、ほとんどなかったので、これは完全に予想外のこととなった。実際、コレシュや他の教徒の投降に備えて、移動用のバスや救急車が用意されており、一部の捜査官は事件はすでに解決したものとしてすっかり安心していたのである。
投降した信者に対する処遇と広報戦術の失敗
また、この頃、もうひとつの大きなミスをATFが犯すことになる。FBIによって解放された子供たちは、児童養護施設に送られた。FBIはそこでくつろいだり遊んだりしている子供をビデオ撮影してそれを教団に送った。まだ、籠城している家族(特に母親)に働きかけ投降を促進させるための働きかけだった。
FBIは、特にブライアンという子供が寂しそうにしているところを撮影して、彼の母親であるキャシー・シュローダーに「残りたい気持ちはわかるが、ブライアンには母親が必要だ」といって説得した。キャシーは、コレシュに投降の許可をもらい、施設から出てきた。キャシーはコレシュに近かったので、FBIは、キャシーを通じて、教団内部の状況や食料の備蓄情報などを得ることができた。これもFBI交渉チームの大きな成功であった。
その後、キャシーは子供と対面を果たすことができた。しかし、その直後、ATFは彼女を逮捕し、子供と引き離して刑務所に収監した。また、ATFは記者会見でキャシーをATFの捜査官殺害の容疑で逮捕したと発表し、囚人服を着ている動画を公開した。ATFがこのようなことを行った背景にはこの立てこもりが、ATFの強制捜査の失敗からはじまっており、ATF捜査官も殺されている大失態であったことがある。彼らはこの大失態を何らかの形で回復させる必要があったのである。当時、数多くの連邦捜査機関の統廃合が議論されており、ATFの存続についてもしばしば議論になっていた。このような状況下でプライドを傷つけられたままでいるわけにはいかなかったのだ。
しかし、問題は籠城している信者たちも施設内部でテレビを見ているということである。FBIが投降を呼びかけている一方で、ATFは、「教団を抜け出してくれば、殺人罪で検挙する」というメッセージを送ってしまったことになる。これは、もちろん、教団メンバーの投降を阻むことになってしまう。事実、彼女の逮捕が報道された後、信者の自主的な投降は途絶えた。
人質救出チーム(HRT)の暴走
FBIとATFの相互の連絡、調整が十分でなかったために上記のような問題が引き起こされてしまったわけであるが、じつはこの立てこもり事案の最大の問題点は、FBI自体がふたつの勢力に分裂し、その調整がうまくいかなかった点にある。
FBIがこの事件を担当することになったときに、対策チームを現地に送ったが、この対策チームには交渉チームと人質救出チーム(HRT:Hostage Rescue Team)が含まれていた。交渉チームと人質救出チームではその戦術は全く正反対である。
交渉チームの目的は、もちろん、言語的な説得によって犯人を投降させることである。そのため、彼らはカウンセリング的なトレーニングを行い、言語能力に長けていた。彼らのスタイルでは解決にはある程度の時間が必要になる。犯人とラポールを築き、気遣い、落ち着かせ、要求を聞き、その実現可能性について調整活動を行う必要があるからである。
一方、人質交渉チームはむしろ軍隊的に突入し武力で制圧し、短時間で人質を解放することを目的としている。当時、HRTの隊員の多くは軍人出身であり、訓練も海兵隊で行われていた。
この事件において投入されたHRTを率いていたのは、ディック・ロジャース指揮官であった。彼はHRTの中ではビック・レッド・ワン(BR1:アメリカ歩兵第一師団のことであるが、もっとも勇敢な部隊であることが知られていることから勇敢な兵士を呼ぶときに使われる)と呼ばれていて、半ば伝説化されているような人物だった。彼は、HRTが本格的に稼働し始めた初期、1991年8月27日にアラバマ州タラデガ連邦刑務所で発生した囚人暴動で、刑務官5人を人質に立てこもった囚人集団に対して、突入作戦を試みて、1人の死者も出さずに人質を救出したなどの実績で評価されていた。
ディック・ロジャースは、交渉チームの、時間がかかりかつ「女々しい」やり方が気に食わなかった。そのために彼は、交渉チームを無視して勝手にHRTチームを動かした。まず、彼らは、監視拠点をつくるために、施設の裏手にある彼らの小屋を強襲して、奪取した。また、M2ブラッドレー歩兵戦闘車9台、M728戦闘工兵車5台、M88装甲回収車1台、ブラックホークヘリコプター3機、それにM1A1エイブラハムス戦車2台を施設周辺で走り回らせて、彼らの施設を破壊し続けた。さらに、現場周辺で大音響で音楽や雑音を流し続けて彼らをいらつかせる作戦を実施した。たくさんの大型スピーカーを設置して、ナンシー・シナトラの曲、ウサギの悲鳴、ジェット機のエンジン音、逆再生したラテン語、130デシベルの騒音などを聞かせた。また、戦車でコレシュの車を踏み潰して破壊した。これらのいずれの作戦についても交渉チームに事前連絡や相談はなかった。ディック・ロジャースの指揮するHRTは、勝手に突っ走っていたのである。
交渉チームと人質救出チームの調整の失敗
HRTの暴走は、もちろん、交渉にとって悪影響しか与えない。たとえば、交渉は双方が冷静になった状態で行うべきものである。交渉の基本は感情のコントロールなのだ。大音響作戦などの、相手を混乱させたり、いらつかせたりする方法は逆効果になることがほとんどである。また、人質交渉チームは自らがある程度の影響力や指揮権を持っていることを犯人側に信じさせる必要がある。もし、それがないとすれば、交渉チームと交渉しても意味がないと思われてしまうからである。人質交渉チームが、HRTの行動を制御したり止めたりすることができないことを感じ取ったコレシュは「君たちに指揮権はないんだろう」といって交渉人と話すことを拒否し始めた。HRTの行動はしばしば解決へと傾きかけた交渉の流れを台無しにした。
この交渉チームとHRTの調整の失敗の原因は、事件全体の総合的な指揮官であったFBIサンアントニオ支部局長のジェフ・ジャマールにあった。彼は、交渉チームとHRTの調整をしなければならない立場だったのに、うまく統合的な指揮ができなかった。彼は、交渉チームとHRTの矛盾した作戦要請をともに承認してしまっていた。交渉チームとHRTの関係は悪化し、彼らは双方を非難した。
人質立てこもり事件に交渉チームと武力制圧チームを用意して使い分けるのは、近年では常識的な戦術である。しかし、もちろん、これらのチームを指揮するリーダーの戦略のもとで、各チームは動くべきである。基本的には多くの警察組織では、交渉チームの交渉を優先させ、交渉進行中には武力チームは突入に備えての作戦立案やシミュレーション訓練は行うものの、あまり表には出ず、交渉が難航して解決が困難になった場合、人質の生命の危険が大きくなった場合、犯人が自爆や自殺する可能性が高まった場合などに最終的な手段として投入するというのが、典型的な手法となっている。
ただし、この戦略をしっかりと行うためには、統率力のあるリーダーがいることが不可欠である。武力制圧チームは早期の武力介入を求めることが多いので、それを抑え込み適切なタイミングになるまで待たせることができなければならないからである。この事件においては、リーダーであるジェフ・ジャマールの指導力が不足していたこと、武力制圧チームの指揮官が「伝説の人物」であり、その影響力が大きかったことによってHRTの暴走を抑えることができなかったのである。
HRTのガス攻撃・突入と火災の発生
この籠城事件は、最終的には、ジャネット・リノ司法長官の承認のもと、HRTのガス攻撃、突入作戦が実施されることになった。HRTは政治的なルートを使って、リノ司法長官に突入を承認するように働きかけたのである。彼らは、コレシュが信者の子供に身体的・性的虐待を行っているという情報(虚偽の情報、ただし、HRT側はこのような情報を伝えたことを否定)や長期間籠城でかかる多額の税金、集団自殺の可能性などを根拠にあげてリノ長官を説得した。その結果、最終的にHRTの希望どおり、突入指示がでて、HRTは突入作戦を実施した。作戦にはテキサス、アラバマ州兵ほか参謀として、米陸軍の将校なども参加した。
HRTははじめ施設に対するガス攻撃を行った。これで信者があぶり出されるはずであったが、実際には、誰一人として投降しなかった。そこで、HRTは、M728戦闘工兵車を使用して、教団施設の壁を爆破して穴を開け、催涙ガスを送り込む作戦を実施した。ところがその直後、教団施設内の3か所から火災が発生し急速に燃え広がった。信者の多くは脱出せずに一酸化炭素中毒で死亡するか焼け死んだ(幼児の中には刺殺されたものもあったがこれは信者によるものと考えられる)。コレシュは射殺体で発見されたが、コレシュの側近であるスティーブ・シュナイダーによるもの(シュナイダーはその後、自殺)だと考えられている。一連の経過はテレビで生中継された。
ウェーコ事件の帰結とその後の出来事
最終的に信者が多く死亡した火災については、FBIが火をつけたという説もあるが、FBIは認めていない。いくつかの証拠は信者が火をつけたことを示しているが、この情報の信憑性については議論もある。
政府はこの事件について詳細な調査を行い、交渉過程における数々の問題点を指摘した。その中でも最大の問題点は交渉チームと人質救出チームの連携の失敗である。この事件後、ディック・ロジャースは更迭され、HRTと交渉人チームは重大事件対応群の下部組織として組織化され命令系統が明確化された。
ウェーコ事件は、そのプロセスが記録され、公開されており、交渉失敗事例として多くの警察組織や軍隊で参考にされている。