テロと心理学(16)
テロリストの説得・交渉における傾聴テクニック
テロリストの説得・交渉における傾聴テクニック
テロリストとの交渉
テロ事案においては、しばしば、テロリストと交渉しなければならない状況が発生する。もっとも、緊急性の高い状況は人質を取って立てこもっているテロリスト集団との交渉であるが、それ以外にも、スイッチを押せないまま発見・包囲された自爆テロリストへ投降を呼びかける交渉、拉致されたり、誘拐されたりした人質を解放するための交渉、検挙されたテロリストから供述を得るための説得・交渉、テロリスト集団に参加してしまった人物をテロ集団から離脱させるための説得・交渉などである。これらさまざまな状況における状況の判断と交渉戦術について第13回(本誌2024年2月号)で説明した。
そこでは、いずれのケースにおいても積極的傾聴、つまり、相手から話を聞くテクニックが重要であると述べた。ただ、ではどのようにすれば、これがうまくできるのかについて具体的な方法については、まだ十分解説できていなかった。そこで、今回は、テロリストとの交渉における積極的傾聴テクニックについて、より詳細に説明してみたいと思う。
積極的傾聴テクニックとは何か
いままで世界では非常に多くのテロリストとの交渉、説得、立てこもり犯人との交渉が行われてきた。これらの事例における交渉過程について、分析したところ、その成否を分けるのは、相手に対してどのように「話しかけるか」ということではなく、相手からどのように「話を聞くか」というヒアリングテクニックだということが分かってきた。
一般に、我々は人からの説得に対して、心理的リアクタンス効果を生じさせることが多い。リアクタンスとは反動のことであり、どんなタイプの説得でも、我々の最初の反応は、それに対してあらがおうとすることなのである。そのため、相手を言いくるめようとしたり、相手を言葉によって屈服させようとしたりすると、事態は改善するよりも悪化することの方が多い。とくに、人質がいる場合の交渉では、交渉の過程において、事態を少しでも悪化させるのは危険である。その瞬間に、テロリストが激高して人質を殺してしまう可能性があるからである。
いままでの事例の分析からいえるのは、どうやら、意図的に相手を説得しようとしなくても、時間をかけて相手に話させ、それを聞き取っていくことを繰り返していると、相手の側で勝手に論理を構成し、納得し、解決への方法について提案してくる可能性が高いというのである。これが積極的傾聴といわれるテクニックである。
積極的傾聴が難しい理由
このようにいうと、「話を聞くことに専念すればいいのか、それは簡単だ」と考える人が多いかもしれない。しかしながら、現実的な交渉場面では、これがなかなかうまくいかないことが多い。その最大の理由は、積極的傾聴というものは、やろうと思えばだれでもできるようなものではなく、原理や方法を知り、ある程度、トレーニングしなければ、難しいものだからである。実際の交渉担当者の中には、自分がうまい聞き手であると思っているものも少なくないが、現実的にはそうでないことが多い。自分がうまい聞き手であると思っている人はじつは、聞き手であるよりも話し手になってしまっていることの方が多い。
ヒアリングの上手下手を判断する最大のポイントは、話している時間の割合である。自分(交渉人側)と相手(テロリスト・犯人側)の会話時間あるいは会話量に占める割合が、3:7以上、できれば、2:8以上であれば、ある程度のヒアリング能力があるといってよいであろう。しかし、多くの場合、5:5か、場合によっては自分の割合の方が多くなってしまっている。自分の話す割合が多くなってしまっている場合はリアクタンス効果が発生しやすい危険領域にはいってしまっている。
積極的傾聴のための会話の原則
では、具体的にはどのような方法に留意すれば、うまいヒアリングができるのであろうか。これについては、交渉の専門家ボルトン(Bolton,1984)やウェア(Ware,2003)、スラトキン(Slatkin,2005)などが、いくつかの原則を示している。これらの原則をまとめ、具体的な例とともに以下に要約してみる。
➀ オープン質問をするように心がける
会話の形式、質問の形式にはさまざまなレベルがある。最もクローズな質問形式は「イエス・ノー質問」であり、これは相手にイエスかノーかを選択させる質問形式である。
→回答はイエスかノーかである。
→回答は数字になる
→回答は会話になる
いままでの研究で、力を背景とした強圧的な説得に利点は少ないことが分かっている。ともかく、相手と話をし続ける、相手に話をさせ続けるということが重要であるが、そのためには、たとえ、交渉人側が圧倒的な武力的な優位性をもっていても、それについては言及せず、あくまで対等な立場で会話をすることが必要である。
とくにテロリストは、権力側被支配者側というヒエラルキーに敏感であり、不満を抱いているケースが多い。これは犯罪者でも同様である。そのため、交渉人側の「上から目線」は容易に事態を悪化させる。相手がどんな人物であっても、基本的には人間同士対等な関係であるという前提で会話を続けることが必要であるし、それができる人間を交渉人に選定すべきである。
交渉の初期の段階においては、相手は、あらかじめ用意された政治的主張をしたり、声明文を読んだりすることが多い。この段階では、事実上、交渉や説得の余地はあまりない。ともかく、相手に話させることに専念する。うまく話を続けることができると、相手は、次第に自分で現在考えている個人的な見解を、リアルタイムに話すという段階に移行していく。もし、この段階に至れば、それは交渉のチャンスとなる。
このような状況を引き出すためには、交渉人は、形式的な対応をするよりは、むしろフランクで個人的な形で対応することが有効である。例えば、話の主語を「我々」といってしまうと、どうしても警察や軍隊を代表しているものとしての会話になってしまう。そのため、「私は」、「オレは」などの主語を使用して会話をしていくべきである。また、同様に、相手のことは、「君たち」ではなく、あくまで、「君」と個人に話しかける方法で臨むべきである。定型的なメッセージの場合、テロリスト側は「我々は」を使用するが、これを「私」にしていくことができれば、交渉は進展しているといえる。
例えば、
具体例としては、以下のようなものがある。
しかし、この要約が、彼らの心理とずれていれば、逆効果になる可能性もある。そのため、拙速に使用すべきではないが、もし、適切で誤りの可能性の少ないフレーズが見つかれば、それを使用することが、交渉を進展させるきっかけとなる可能性がある。
交渉が長くなってきた場合、途中でいままでの交渉を振り返って、相手の主張について、整理して言い直したり、相手の感情について、まとめて話したりすることが有益である。具体的には、
人質交渉やテロリストの交渉を事件後に分析してみると実際のところ、堂々巡りになっていることが多く、同じ話が延々と繰り返されている。これはいたずらに時間を消費し、人質がいる場合には、その生命を危険にさらすことになってしまう。適宜、いままでの交渉内容をまとめていくことによって、交渉を進展させることができる。
傾聴をする場合、相手の話を理解し、共感し、適切な要約をすることが必要であるが、この適切な要約のためには、相手側の思想や考え方のパターンを知っていることが重要である。とくに、交渉の初期には相手であるテロリスト側は、自らのグループ内の専門用語を使用して話をすることが多く、予備知識がないと相手の立場や主張の方向性がみえず、適切な要約も不可能である。
そのため、イスラム原理主義テロリストの対策官はイスラム原理主義を、左翼テロリストの対策官はマルクス主義や左翼思想について学ぶことは、必須である。
交渉の過程で、相手(テロリスト)側は怒ったり、悲しんだり、困惑したりする。そのような感情に対して、無視せず、注意を向け、それに共感できる場合には、共感する。ただし、口先だけの共感は基本的に相手に感知され、相手は反発すると考えた方がよい。具体的には、
ただし、相手が怒りをぶつけてきた場合には、それに対する反応には注意しなければならない。怒りをミラーリングする(まねして返す)ことは、怒りを増幅させることにつながる。また、怒りをミラーリングしてしまうと、声が大きくなり、話のスピードも速くなって、深く考えない軽率な行動を誘発しやすくしてしまう。そのため、「怒り」に関しては、感情を受け止めることは必要であるが、できるだけ、ミラーリングせずに意図して、ゆっくりと丁寧に対応すべきである。
交渉の過程においては、会話の言語的な意味だけでなく、それ以上の感情や雰囲気、心理状態がNVC(ノンバーバル・コミュニケーション)によって伝達される。NVCとは、具体的には、声質や声の高さ、話のスピード、あいづちや息づかいなどをさす。たとえ、電話や無線などで交渉が行われる場合でも、これらの言語外の情報は伝わると考えるべきである。その効果は場合によっては、会話内容に匹敵する。 また、沈黙も重要なNVCである。例えば、犯人が話し終わったときにすぐに口火をきらず黙り続けることで、犯人が沈黙を破ろうとして更に話したり感情表出をしたりすることを促すなどの手法を使用できる。「沈黙を使いこなせるようになること」が交渉のスキルにおいて非常に重要であるといわれることもある。
我々は、自分の発言や行動についての相手の反応に非常に敏感である。相手がすぐに反応してくれたり、肯定的な反応をしてくれたり、肯定的なNVC(あいづちやうなずきなど)をするとその発言や行動は「強化」され、より起こりやすくなる。これをオペラント条件づけという。
積極的傾聴フェイズでは、相手からより多くの発言を引き出すことが重要なので、相手がなにか話した場合には積極的に「強化」を行うことが有効である。この心理的プロセスは意識されないことが多いので、相手に知らず知らずのうちにより多くを語らせるといったことが可能になる。
交渉専門家のスラトキン(Slatkin,2005)は、この方法をうまく使用することによって、交渉を有利に進めることさえできると考えている。彼によれば、相手側の望ましい発言や反応に対しては、「強化」を行い、逆に望ましくない発言や反応については「弱化(強化の反対)」を行うことによって、相手をコントロールできるとする。具体的には、犯人が「人質を傷つけるぞ」といったり、興奮したりした場合などには沈黙し(弱化)、「人質について話し合いたい」といわれたら、「いい考えですね。どんな話ですか」と即座に応答する(強化)といった方法である。ただし、弱化はあくまで、反応しない、反応を遅らせるなどの方法を使うべきであり、罰、つまり攻撃的な(怒ったり、報復したり、通信を遮断するなど)方法をとるべきではないという。攻撃的な反応をしてしまうと怒りが引き起こされて事態が悪化することが多いからである。
以上のようなテクニックを使用して積極的な傾聴を行っていくことによって、こちら側が具体的なプランを出さなくても、テロリスト側で勝手に妥協案を提案し、問題が解決していくというのが、積極的傾聴理論の要点である。
もちろん、この方法が必ずうまくいくとは限らない。とくにテロリスト側の窓口に決定権限が全くない場合には、交渉は進まないであろう。しかし、積極的傾聴テクニックが事態を悪化させる可能性は少ない。そのため、交渉担当者はこれらのテクニックを身につけ、トレーニングしておくことは有益であろう(海外では、実際にプログラムとして訓練が行われている)
交渉がうまく進んでいることを示す指標
実際のところ、交渉が長引くと、事案が解決に向かっているのか、堂々巡りになっているのかが分からなくなってくることも多い。ソスキスとバンザンド(Soskisand Van Zandt,1986)は、交渉がよい方向に進んでいることを示す指標をあげている。これを最後に紹介しておこう。