テロと心理学(13)

人質立てこもり状況における交渉戦術

テロと心理学(13)

人質立てこもり状況における交渉戦術

法政大学教授  越智 啓太

テロリズムにおける人質立てこもり
 テロリストの戦術は多様であるが、その中でも人質をとって立てこもる事件が、しばしば発生する。国内では、もちろん、1972年に坂口弘、板東國男ら連合赤軍の残党5名が人質をとって河合楽器保険組合のあさま山荘に立てこもった、いわゆるあさま山荘事件が有名であるし、そのほかにも、翌1973年に日本赤軍とPFLPの混成部隊が日本航空747をハイジャックしたドバイ日航機ハイジャック事件、1977年にやはり日本赤軍が日本航空DC-8を乗っ取ったダッカ日航機ハイジャック事件、1974年に日本赤軍メンバーが、駐クウェート日本国特命全権大使以下12名の大使館員を人質にして立てこもった在クウェート日本大使館占拠事件、1996年左翼ゲリラ組織トゥパク・アマル革命運動が青木盛久大使や大使館職員、ペルーの企業駐在員、ペルー政府要人などを人質に4か月以上にわたって立てこもった在ペルー日本大使公邸人質事件などがある。また、国際的に見れば、チェチェン共和国独立派が2002年に引き起こしたモスクワ劇場占拠事件、2004年に引き起こしたベスラン学校占拠事件などがある。ベスランの事件では警察官8名を含む人質386名が死亡した。最近では、2016年にバングラディシュのダッカで日本人7名を含む28名が殺されたダッカ・レストラン襲撃人質事件などがある。

犯罪としての人質立てこもり
 テロ事件以外にも人質立てこもり事件は少なくない。
我が国だけでも、古くは1979年に三菱銀行北畠支店に男が銃を持って立てこもり、警察官2名、銀行員2名を殺害した事件、2000年に牛刀を持った男が西鉄バスを乗っ取り、死者1名、負傷者2名を出した西鉄バスジャック事件、2002年に福岡県二丈町で民家に押し入った男が、母子を人質にとって立てこもり、行方不明になっている元妻と子どもを連れてくるように要求し、9歳の娘が殺害された二丈町立てこもり殺人事件、2007年に愛知県久手町の民家に、男が拳銃を手にして、元妻を人質に立てこもり、配備中の警察官1名が死亡した愛知県久手町立てこもり発砲事件などがある。これ以外にも毎年、何件かの人質立てこもり事件が発生している。

人質立てこもり交渉とはなにか
 テロにしろ、その他の理由にしろ人質立てこもり事案が発生すると、警察や各種治安機関(海外においてはしばしば軍隊)は犯人との間で交渉を行うことが必要になってくる。しかし、基本的には人質「交渉」といっても、犯人側の要求が通ったり、「この場から、逃がしてもらう」という選択肢が実現されたりすることはほとんどなく、警察もこのような選択肢が実現されるのは大きな失態であるため、その実質は、「交渉」というよりもむしろ人質解放、犯人投降への「説得」という意味合いが強い。つまり、人質交渉は主に言語的な対話を通じて、犯人の行動を交渉人が望む方向へ誘導するコミュニケーションの一種であるといえるだろう。
    ただし、歴史的に見ると日本政府は超法規的措置として、犯人グループの要求に従って、獄中にいるテロリストを釈放するという対策をとり、犯人側の要求に屈してきたという過去もある(日本赤軍によるハイジャック事件)。これについては諸外国から「日本はテロを輸出している」として、非難を受けた(一度テロに屈すると、その後、類似のテロが続発する危険性がある。事実、日本政府の超法規的措置の後、ハイジャックが国際的に増加した)。テロ交渉の基本としては、少なくとも、対外的には「犯人側に屈する」姿は見せるべきではないといわれる(水面下で身の代金などが支払われるケースでもその事実は公表されない)。

立てこもり状況の分類
 では、交渉はどのように行うべきなのであろうか。この点について、いままで多くの実務家(警察官や軍人)、心理学者等がさまざまな提案をしてきた。それらについて簡単にまとめて行ってみよう。
    まず、人質立てこもり状況といってもさまざまな状況が存在する。また、それぞれの状況によって交渉戦術は当然異なってくる。そこで、直面している立てこもり状況がどのような状況なのかについて判断することが必要になってくる。
    筆者は、立てこもり事件を大きく6つに分類している。すなわち、①精神障害や薬物・アルコール依存・乱用によるもの②犯人が自殺志願者③家庭内トラブルからの立てこもり④犯行現場を押さえられた犯人⑤抗議のための人質立てこもり、そして⑥テロリズムにおける立てこもりである。
    ①は自分が何らかの理由で迫害されている、追われている、殺されそうであるといったような幻覚や妄想により、他者を巻き込んで立てこもる場合である。この中で、もっとも多い形態の一つは、覚醒剤中毒患者による立てこもり事案である。②は犯人以外に人質はいないものの、犯人自身が自殺を志願している状態であり、自分を人質にとった事件といえる。③は家庭内トラブルやドメスティックバイオレンスの最中に警察が来て、家族を人質にとって立てこもる事件であり、もともと事件を起こす意図はないため具体的な要求がないことも多い。④は銀行強盗中に警察が来たりして、犯人が逮捕を避け逃走するためにその場にいる人間を人質にとる場合である。⑤は会社による給料不払いや労働法違反などを世の中に訴えるために立てこもるものである。⑥は、テロリストが戦術として行うものである。

精神障害、薬物中毒者に対する立てこもり交渉
 このうち、①、②については、交渉に当たってそもそも、背景になる精神疾患やそのような患者とのコミュニケーションについての知識が不可欠となる。まず、①のケースは精神疾患でいえば、統合失調症の患者によって引き起こされる場合が多いが、このケースでは、犯人は被害妄想に支配されている場合が多い。具体的には「誰かが自分を殺そうとしている」、「地球が宇宙人に乗っ取られそうである」、「世の中の人々が自分の心を盗聴している」などの妄想が見られる(妄想とは、脳の機能障害により、実際には存在しない不合理な観念や信念が生み出され、それがとれなくなってしまっている状態である)。このような妄想は、説得によって納得したり、消失したりすることはない。むしろ、相手の妄想を否定してしまうと、「警察も自分の敵である」、「警察は自分を精神病扱いしている」などのさらなる妄想を発展させる危険性があり、これは多くの場合、事態を悪化させる。そのため、妄想の内容自体に対して否定したり、批判したり、合理的な理屈によって考えをただそうとする試みは行うべきではない(しかし、立てこもり事案以外の対応も含めて、この方向の説得が行われることが少なくない)。だからといって、相手の妄想をそのまま受け入れて共感を装うのも相手に見透かされてしまい危険である。基本的には妄想内容についての議論には立ち入らずにとりあえず、落ち着かせて、出てきてもらうことに焦点を合わせるべきである。この場合、「場所を変えて話そう、そこであなたの話はちゃんとしっかり聞くから」というスタンスでの交渉が有効になる場合が多い。そもそも、これらの立てこもりを引き起こした直接の原因が警察や行政が彼らの話をしっかり聞かなかったこと(話を聞かずに否定したり、批判したりしたこと)に起因していることが多いからである。もちろん、実際に投降後に話を聞く際には精神科医などの助言が有効であるが、交渉の時点ではそれは言うべきではない。つまり、「出てきてくれたら、ちゃんと医師に診てもらうから」などの話はすべきではない。これはこのような患者に病識がない、つまり、自分の考えが妄想であり、自分が病気であることに気づいていないことが少なくないからである。このような発言はかえって「精神病扱いされている」という反発を招くことになる(もちろん、統合失調症だからといって、このような犯罪のリスクが高まるとか危険性が高いというわけではないので、その点、誤解しないようにすべきである)。
    ただ、問題は覚醒剤中毒のケースである。例えば、1981年の深川通り魔人質立てこもり事件が有名である。覚醒剤中毒は統合失調症と非常に類似した妄想を作り出すことが知られている。しかも、覚醒剤の作用により、覚醒した状態が長く持続し、かつ攻撃性や衝動性も高まっている可能性が強い。被害妄想も極端になっている可能性もある。このような場合には、もちろん、説得班による交渉を継続していくことは必要であるが、同時に突入班の準備も早くから進め、人質や立てこもり犯人の状況を把握した上で、早期の強行制圧を検討すべきであろう。

自殺志願者に対する立てこもり交渉
 ②のケースは典型的にはうつ病状態のものによって引き起こされるケースである。統合失調症などの精神疾患もうつ状態を引き起こす場合があるので、病名はうつ病とは限らない。また、一家心中、無理心中のケースですでに他人を殺害しており、その後、自殺を試みようとしたが、その過程で警察等がかけつけて立てこもり状況になるというケースも少なくない。心中がらみのケースでは犯人は実際上、重いうつ病状態にいるといってもよい。
    この場合の基本的な交渉戦略は傾聴、つまり、相手に話させ、その話を聞くということである。傾聴は自分のことは話さず、相手に話させるのがポイントであるが、これはトレーニング無しに行うのは困難である。普通の会話では人は人の話を聞くよりは自分が何かを話すことに注意を向けるし、基本的に人は話を聞くよりは自分で話をする方が好きである。傾聴は普通の会話とは違うということを理解しておくべきである。
    傾聴を行うことによって、得られる効果としては、まず、クールダウン効果である。自殺を試みている状況や殺人直後の状況では多くの立てこもり者は感情的に覚醒して衝動性や攻撃性が高まっている。話すことは一般にはこのような感情を落ち着かせる効果を持つ。次に治療的な効果である。人間には自己治癒力が備わっており、自分の状況を語ることによって、人は自分の状況や認識を整理統合して自ら問題を解決することができる。これは自分一人で頭の中で行うのはとくに立てこもり状況などの極限状況では困難である。ただ、適切な傾聴を行えばそれを促進させることができる。第三に時間稼ぎができるということである。少なくとも、相手は直面している問題や自分について語っている最中にいきなり自殺を試みる可能性は多くない(もちろん、適切な傾聴が行われているという前提ではあるが)。そのため、自殺阻止のためのさまざまな活動(例えば、高所飛び降りの場合のマットの準備や医師の手配など)や強行制圧の準備を整えることができる。ただし、このようなケースの場合、強行制圧はできるだけ避けることが好ましい。
    このようなケースでは、犯人の自殺を思いとどまらせることに失敗してしまうこともあり得ることは、事前に十分、理解しておくべきである。とくにうつ病に起因する場合などは、自殺が行われてしまうと交渉担当の警察官が大きな心的なショックを受けるのは避けられない。これに関しては、交渉失敗の可能性について、教養の過程であらかじめ十分周知しておくことと、事後に専門家による心理的なケアを行ってもらう体制を整えておくことが重要である。

抗議のための立てこもり者に対する交渉
 抗議のための立てこもりは、犯人が給料不払いや解雇などに抗議して会社等に侵入して、そこで立てこもるケースである。直接動機としては給料の振り込みや復職について言及することが多いが、犯人のほとんどはもはやそのような要求は通らないということや、通ったとしても立てこもりによって検挙されるため自分の思い通りにはならないということはわかっている。そのため、彼らの目的は、会社への復讐、会社の不正を社会に広く伝える、自殺(あるいは関係者を巻き込んでの拡大自殺)であり、これらが混合して動機となっている。とくに自殺(拡大自殺)の可能性についての査定が重要になってくる。犯人がガソリンや灯油を持っていて、それをまいたり、自分や相手にかけたりした場合にはもっとも危険性が高まる。また、犯人が刃物を持っている場合よりも銃を持っている場合の方が自殺、他殺の可能性は高まる。犯人の怒りの強さや復讐への気持ちが大きいほどリスクは高いので、関係者や家族等への聞き取り調査を早急に行うことが必要であるが、ある程度時間を要してしまうので、このような危険な兆候が見られたら、強行制圧のオプションを早めに実施することが必要かもしれない。
    もし、自殺(拡大自殺)の可能性がそれほど高くないのであれば、やはり傾聴が重要な交渉戦略となる。この場合には、自殺志願者への交渉との場合と同様に訓練を受けた交渉官がじっくりと話を聞くことを優先する。犯人はクールダウンし、治療的な効果が生じてくる可能性が大きいからである。もちろん、このような事件の背景には、いままで、警察や行政など多くの機関から冷たい対応を受けて、人間不信が極まっている状態にあるということを認識しておくべきことが重要であろう。


【事例】名古屋市大曽根駅前ビル立てこもり爆破事件
 2003年9月16日午前10時ごろ、宅配業者である「軽急便」の賃金不払いに抗議した社員の男が名古屋市大曽根町本通の第一生命大曽根駅前ビル4階の名古屋支店に立てこもった。当時社内には、支店長を含む31名の社員がいた。犯人は、包丁とガソリンの入ったポリ容器を持って侵入し店内にガソリンをまいた上で、支店長(当時41歳)以下男性社員8名を人質にとって立てこもった。犯人は、男性社員7名を解放した後、気化して充満したガソリンにライターで着火した。その結果、爆発が起こり、犯人と支店長、現場にいた機動隊員1名の3名が死亡し、機動隊員3名が重傷、通行人等38名が負傷した。


テロリストに対する交渉の難しさ
 さて、テロリストによる立てこもりに対する交渉であるが、前記の各ケースと比較して、交渉は困難であることが多い。その理由は、ほかのケースが、ある意味衝動的に行われるものなのに対して、テロリストの立てこもりは計画的であることが多いからである。彼らは十分な武器や食料、通信手段などをもって犯行に臨むことが多く、その場合、それらの提供を交渉材料に使えない。また、彼らは、他のケースと異なりあらかじめ達成すべき目標を設定している場合が多い。この目標は代替可能性が少なく(金銭要求の場合には、交渉の余地はあるが、ある特定の同志の解放などの場合には、代替物が存在せず、交渉の余地がなくなる)、交渉は難しくなる。

テロリストによる立てこもり事案の分類と交渉戦略
 そのため、テロリストによる立てこもりは、それがどのようなパターンでなされたのかについてさらに分析して、それぞれのパターンに応じた対応をすることが必要になってくる。具体的には、以下のような二つの分類が有用であろう。
ⓐ 自爆・虐殺を目的とした人質立てこもり
    このケースでは、犯人はもともと交渉したり妥協したりするつもりはない。もし、交渉班との間でコミュニケーションが行われたとしても、それは最適な実行タイミングを待っているだけであって、実質的な交渉とはならない。このケースの場合、強行制圧がほぼ唯一の選択肢となる。ただし、それが本当に自爆、虐殺を目的にしたものなのかの判断は難しい。実行組織についての事前情報があれば、立てこもり犯人の目標を推察可能な場合もあるが、現在、増加しているローンアクター型テロリストについては、交渉時の相手の反応などから目的を推察するしかない。また、強行制圧を試みたとしても、犯人は十分な武器や爆薬を持ち、自らを犠牲にすることをいとわないために突入班に死傷者がでる危険性があり、もっとも困難なケースであるといえるであろう。モスクワ劇場占拠事件などにおけるチェチェン共和国独立派テロなどがこの具体例である。
ⓑ 何らかの政治的要求の下に行われる人質立てこもり
    犯人は事前の計画に従って、政治的な要求をするために人質をとる。要求としては、同志の解放やマスコミでの声明発表、政策実施に対する介入などがある。このケースが困難なのは、多くの犯人(グループ)があらかじめ十分な準備をしてから犯行を実施しており、交渉や妥協の余地が少ないからである。
 具体的なケースとしては、日本赤軍によるハイジャック事件やアルジェリア天然ガスプラント人質立てこもり事件(日本人10名が死亡)などがある。


【事例】アルジェリア天然ガスプラント人質立てこもり事件
 2013年1月16日、イスラム過激派アルカイダ系武装集団「イスラム聖戦士血盟団」がアルジェリアのイナメナス地区にある天然ガスプラントを襲撃して、外国人技術者等41名を人質として立てこもった。犯行グループはフランス軍によるセルヴァル作戦の停止と収監中のイスラム過激派同志の釈放などを要求した。翌17日アルジェリア軍特殊部隊が、強行突入に踏み切った。武装勢力との銃撃戦やアルジェリア軍の空爆によって、人質の多くは死亡した。この中には日本人10名が含まれていた。彼らは日揮のプラントエンジニアなどの職員であった。


    従来、このタイプの立てこもり事案については政府も最終的にはテロリストの要求に屈することが少なくなかった。しかし、これによってテロリストグループが成功体験を積んでしまい、その事件についてはうまく人質を救出することができたとしても、その後、同様のテロが増加してしまうことがわかった。そのため、先進国の多くが現在では「テロリストとは交渉しない」という基本ルールを明示しており、基本的な選択肢は交渉無しの強行突入ということになっている。

意思決定権を持つ者とのコミュニケーション
 ⓐ、ⓑ両方のケースで考慮する必要があるもう一つの重要な要素は意思決定権をもつ者との直接のコミュニケーションのルートが構築できているかという問題である。現場で立てこもりを実行する犯人の多くは意思決定権をもっておらず、単に兵士として意思決定者の意のままに動いている。この場合、彼らに対する交渉は余り意味がない可能性がある。彼らは交渉によって条件を変更したり、要求を撤回したりする権限を持っていないからである。
 一方で、交渉班が意思決定権をもつテロリスト側の指揮官と直接コミュニケーションできている場合、交渉ははるかにやりやすくなる。そのため、交渉班は、立てこもり犯人や交渉相手が実質的にどの程度の意思決定権限を持っているのかを把握し、できるだけ意思決定権がある者を直接の交渉相手にする努力をする必要がある。しかし、現実には、これも事前の十分な情報収集がなければかなり困難な課題である。