◆連載エッセイ◆ 薬物捜査指揮官への道(第7回 特別編)
職務に命を懸ける
警察庁指定広域技能指導官(薬物事犯捜査)

さて、全国警察官のバイブルである本誌の新デザインへのリニューアルという記念すべきタイミングに、寄稿させていただいていることを光栄に思うとともに、感謝の意を込めて、今回のテーマはいつもとは趣向を変えて【特別編】としてお届けしたい。
本連載第1回(本誌2月号64頁以下)に昇任の動機づけとして「幹部にならなければ経験できないこと、出会うことのできない人たち、目にすることができる世界が間違いなく広がる」(同号68頁)という話をしたが、海外出張がまさにそうだと思う。私は、これまでに6回の海外出張を経験したが、その中でも一番の思い出となっているアメリカ・ニューヨーク出張についてお話をしよう。
今回は難しいことは抜きにして、皆さんの昇任試験勉強の合間の小休止として、ホッと一息ついていただければ嬉しい。
平成末期、我々警視庁チームは、警察庁からの依頼を受けて、アメリカ当局が実施している薬物捜査に協力をしていた。
日本では「〇〇組による覚醒剤密輸事件」や「〇〇人グループによる大麻密売事件」など、単調で味気ない事件名が付けられるが、アメリカでは「オペレーション〇〇」などと、軍隊式に作戦名を付けられるのが風習となっている。1944年のノルマンディー上陸作戦で使われた「オペレーション・オーバーロード(大君主作戦)」や、2011年のオサマ・ビンラディン殺害で使われた「オペレーション・ネプチューンスピア(海神の槍作戦)」などの軍事作戦名が有名である。ちなみに、本件の薬物捜査でも、実にアメリカ人らしいユーモアに溢れた、テイストフルな作戦名が付けられていた。
アメリカでは、「ナルコテロリスト」という言葉があるくらい、薬物犯罪は国家的危機と位置付けられている。トム・クランシー原作の人気小説「ジャック・ライアン」シリーズにも、コロンビア麻薬カルテルと戦う物語があるが、その題名は『Clear and Present Danger(今そこにある危機)』。この小説で、アメリカ政府はカルテルに対抗するために戦闘部隊を送り込んでいる。現実の世界でも、まさに今、第二次トランプ政権が、麻薬対策として中南米において軍事力を行使しているのは周知の事実だろう。このように、薬物捜査・薬物対策は、作戦名が付けられるくらい準軍事行動と捉えられているのである。
令和元年、この作戦における捜査ターゲットをいよいよ検挙することとなったところで、アメリカ当局から、ニューヨークで行われる連邦検察官との協議に日本側からも出席するよう依頼があり、当時、警視庁組織犯罪対策第五課で密輸担当管理官だった私は、警察庁担当者に同行することとなった。私にとってのアメリカは、サイパン観光くらいはあるものの、本土上陸は初めての経験であった……。
と、いつもであれば、ここから事件についてお話ししていく流れであるが、本件は海外捜査機関のオペレーションであって、あいにく私は話せる立場にない。ということで、今回は【特別編】として仕事面は一切省略し、あくまでも空き時間での心に残った体験談をお話しさせていただく。ただ、仕事については、非常にエキサイティングなものだったということだけは申し添えておく。
警視庁から警察庁に出向中のS警視と公園内をジョギングする。11月のニューヨークは寒い。仕事前の早朝だったが、多くのニューヨーカーたちが白い息を吐きながら、黙々とロードワークをこなしていた。
それにしても、アメリカ人のストイックさには感心させられる。特にハイクラスの人々は、常に身体を鍛えることを仕事の一部と考えているのだ。そう言えば、アメリカ映画『ボーンレガシー』では、CIA特別作戦局のトップが、午前4時に大雨の中をジョギングしているシーンが印象的だった。そういうカットをわざわざ映画に挿入するということは、この人物がいかに優秀で仕事ができるかということを、ここで表現したかったのだろう。まさにアメリカ人的発想である。
ちなみに、日経ナショナル・ジオグラフィック社制作のドキュメンタリー『インサイドFBI』では、第6代FBI長官ロバート・モラー氏に密着取材をしているが、彼は午前5時にワシントンD.C.にある本部に出勤し、全米及び海外事務所から届く膨大な量のレポートを読み込んで、午前7時には局長級の幹部会議に出席し、午前9時にはホワイトハウスに赴いて大統領に報告する、というのが毎日のルーティンとなっていた。
アメリカでは、トップになるほど朝が早く、勤務時間が長いのである。きっと、周りで走っているランナーたちも、意識高い系の上級ビジネスマンなんだろうなぁ……。
そんなことを考えながら走った、セントラルパークの思い出であった。
事件の日、私は新宿署員として宿直勤務に就いており、緊急ニュースとして流れたテレビ報道でこれを知った。世界屈指の高層ビルに航空機が突っ込み、ツインビルが崩壊するあの映像だ。今でも、あの時の衝撃は忘れられない。
グラウンドゼロの周辺には、自動小銃をローレディポジションで構えるNYPD(ニューヨーク市警)の警察官たちが、眼光鋭く緊張した面持ちで警戒に当たっていた。
広島の原爆ドーム(元広島県物産陳列館)は、当時の惨禍を伝える過去の象徴であり、あの建物を見て80年前の先の大戦に思いを馳せると、もう二度と戦争をしてはいけないという思いがひしひしと込み上げてくる。
しかし、ここは現在進行形なのだ。この国は今も戦争をし続けている。
マンハッタンのど真ん中、この美しい風景が広がる中で、対テロ戦争というものが、確実に身近なものとして存在していることを実感させられた。