山岳遭難救助活動の実際 ~登山者と隊員の命を守り抜くために~(第3回)
充実した巡査部長時代を振り返って
第3回 充実した巡査部長時代を振り返って
分隊長となって3年目の機動隊員生活がスタートしましたが、私は昇任をしたという高揚感よりも、分隊長という責任のある立場にややプレッシャーを感じていました。というのも、それまでは指示を受けて動く立場だったのが、指示を出して動かす立場になったことで、自分に自信が持てず不安や焦りを覚えることが多くなったからでした。
部下に指導をしたり、部隊の判断をしたりするためには、その前提として、正しい知識や技能が必要なことは言うまでもありません。巡査部長への昇任は、私に自分の足りないところを見つめ直す機会でもありました。私は、以前よりも、訓練前に要領等を読み込み、正確な知識や技術を確認するようになりました。
昇任に対する考えは、人それぞれかもしれませんが、若い人に
「昇任試験に向けて頑張れ!」
と声を掛けると
「私なんかまだまだ……」
と答える人が見受けられます。読者の皆さんの中にも、昇任が決まったものの、若干不安を覚えている方や、自分の能力や経験に自信が持てず昇任に意欲的になれない方もいるかもしれません。しかし、完璧な能力を備えていなければ昇任ができないというわけではありませんし、昇任したその日からいきなり実務能力が向上するわけでもありません。私がそうだったように、昇任をすることで「立場が人を育ててくれる」のではないでしょうか。そんなわけで、
「私なんかまだまだ……」
と言う若い人には、私は
「大丈夫、その立場になってからも勉強すればいいんだよ」
と声を掛けるようにしています。

そもそも、警察という組織は黙っていても仕事(事件や事故)が向こうからやってきますし、事件や事故に四苦八苦しながら対応しているうちに、「仕事が人を育ててくれる」こともあるのではないでしょうか。皆さんも警察官を続ける中で、様々な事件や業務に携わってきたと思いますが、後で振り返って
「自分が成長した」
「一皮むけた」
と思える、ターニングポイントになるような事件や業務があったのではないかと思います。
もちろん私にも、そんな
「一皮むけた」
と思える遭難救助活動がありましたので、ご紹介したいと思います。
機動隊に入隊して3年目となる平成21年の8月、私は再び穂高連峰の涸沢に常駐パトロールのために入山しました。入山初日の午後2時頃、私は、常駐基地に到着後、「おやつ」のそうめんを食べていました。常駐活動中は毎朝4時に起床するため、普段の生活と比べて食事の時間が少し早くなり、自然と間食の時間も少し前倒しになっており、基地で待機をしていると、9時にお茶をいれ、12時前に昼食、午後2時頃にお茶(間食)となることがほとんどでした。また、いつでも出動できるようにと、そうめんを食べることが多く、その日も到着早々、
「とりあえず腹ごしらえをしなくては!」
と、勧められるまま、そうめんを胃袋に流し込んでいたのです。

そうこうしていると、遭難の発生を告げる電話が鳴りました。現場は、前穂高岳東壁の中で最も険しいDフェースで、「断崖絶壁」という表現が相応しい非常に傾斜の強い岩壁が立ちはだかっており、ここでクライミング中の2名のうち1名が転落し、足首を負傷したため動けないという状況でした。現場の場所と状況を聞いただけでも、今回の現場が一筋縄ではいかないことは、その場にいた誰もが感じていたことでした。
天候は安定していたため、まずは県警ヘリで救助を試みることになりましたが、ヘリで直接収容ができない場合に備え、私たちも出動の準備をすることになりました。ヘリの無線に耳を立てながら出動に備え、荷物を整えていると、やがてフライトした県警ヘリから無線が入り、遭難者は垂直の岩壁の中でロープに繋がった状態であるため、ヘリでの直接の収容は困難との判断がなされ、結局、ヘリで隊員数名を現場の上部まで送りこむことになったのです。
基地から現場まで徒歩で向かうとなると、一般登山道ではないバリエーションルートとして知られる前穂高岳北尾根を登り、途中から東壁に向けて懸垂下降をしなければならないため、少なくとも4時間から5時間はかかると予想されました。一方で、ヘリの機動力を生かして、現場上部に隊員をホイスト(救助用ウインチ)で降下させて送り込めば、大幅に現場到着時間が短縮されます。このように、山岳救助の現場では、直接のピックアップができない場合でも、臨機応変にヘリの機動力を活用した救助活動が展開されているのです。