安心草堂(第3回)

民主主義とインテリジェンス 

安心草堂(第3回)
日本アイ・ビー・エム株式会社
特別顧問
元警察大学校長
近藤こんどう 知尚ともひさ
1 人民のための政治

アメリカ合衆国第16代大統領リンカーンは、「ここで身を捧げるべきは、むしろ生きているわれわれ自身であります……(中略)人民の、人民による、人民のための、政治を地上から絶滅させないため、であります。」という有名な言葉を残しました※1。これは、1863年、南北戦争の激戦地ゲティスバーグに戦没者のための国立墓地を献納した際の、彼の演説の一部です。「人民の、人民による、人民のための政治」というフレーズは、「デモクラシーの最良の定義」と言われています※2

イラスト/三木謙次

「人民による政治」とは、主として選挙による政治のこととされています。ここで、体制の異なるA国とB国を考えてみましょう。A国では、国民の99%が今のリーダーに投票しました。B国では、国民の51%が投票した候補者が、新たにリーダーに選ばれました。そこで、A国がB国に対し、「我が国のリーダーは国民の99%の支持を受けているが、B国のリーダーは国民の51%の支持しか受けていないのだから、A国の方が民主的である。」と言ったとしたら、どうでしょうか。私は、民主主義とは、単なる多数決のことではないと思っており、少なくとも言論の自由と法の下の平等が不可欠の要素であると考えています。つまり、自由に自分の意見を表明することができ、その際、例えば反対意見を言ったからといって、弾圧されるなどの不利益を被らないことが保障されていなければ、その多数決は民主的な価値を伴わないと思うのです。もし、A国では、専制的な権力が、国民を上から押さえつけて管理する体制をとっていたとしたら(図1)、表見的に国民の多数がそれに従っていたとしても、民主的な体制ということはできないでしょう。


※1
  高木八尺・斎藤光訳『リンカーン演説集』岩波文庫、1957年、p.149
※2
  高木ほか・前掲 p.179

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