実務刑事判例評釈(case 372)

新潟地判令6.11.22

実務刑事判例評釈(case 372)
新潟地判令6.11.22
裁判所ウェブサイト
CASE 372
被告人が提供した睡眠薬を摂取した被害者による車の運転を制止しなかった不作為が、殺人未遂罪の実行行為に該当すると認定した事例
法務省刑事局付
赤松あかまつ 誠まこと
1
はじめに

本件は、被告人が、妻であるB(以下「B」という。)が被告人の提供した睡眠薬を飲んだ可能性等を認識しながら、Bによる自動車の運転を制止しなかったことにより、自動車運転中にBに睡眠薬の薬理作用による意識障害を生じさせ、交通事故を引き起こさせたが、B及び同乗していた被告人及びBの子であるC(以下「C」という。)を死亡させるに至らなかったという殺人未遂の事案である。

本件では、自動車の運転を制止しなかった不作為(以下「本件不作為」という。)が殺人(未遂)の実行行為に該当するか等が争われ、実行行為に該当すると判断されたところ、不作為による殺人(未遂)の実行行為該当性ないし作為義務違反の有無の事実認定等に関し、実務上参考になると思われることから、紹介することとしたものである。

なお、本稿中、意見にわたる部分はもとより筆者の私見である。

2
事案の概要等

(1)公訴事実の要旨

本件は、被告人が、殺人未遂(公訴事実第1)、殺人予備・窃盗(公訴事実第2)、殺人(公訴事実第3,第4)の各罪について公訴を提起された事案のうちの公訴事実第1の事案であり、要旨

「被告人は、かねてAと不倫関係にあり、B及び長女であるCを疎ましく思っていたところ、

第1 令和3年3月29日午前7時過ぎ頃、新潟市内の当時の被告人方において、前記Bに対し、催眠作用等を有する薬物を混入した飲料を提供したものの、同人が直ちに同飲料を飲むことはなかったところ、同日午後5時50分頃、前記被告人方において、情を知らない前記Bが同飲料を飲んだ可能性がある上、同人が同所から魚沼市所在のD方に向けて自動車の運転を開始する予定であることを認識したことにより、前記Bがそのまま自動車を運転すれば、同薬物の薬理作用により意識障害等が生じて交通事故を惹起し、同人及び同車に同乗する予定の前記Cが死ぬ可能性があることを認識したのであるから、直ちに前記Bの運転を制止すべき義務を負っていたのに、同人らが交通事故により死亡するかもしれないことを認識しながら、あえて前記Bの運転を制止しなかったことにより、同日午後6時頃、同人をして自動車を運転して前記被告人方を出発させ、その後、前記Bに前記薬物の薬理作用により意識障害等を生じさせて、同日午後7時32分頃、新潟市内の道路を同車を運転して進行中の同人に、前記意識障害等の影響により同車を路外に逸走させて同所付近に設置されたデリネーターポールに衝突させる交通事故を惹起させたが、前記Bらを殺害するには至らなかった

ものである。」

というものである(以下「本件公訴事実」という。)。

なお、紙幅の関係上、本件以外の殺人予備・窃盗(公訴事実第2)、殺人(公訴事実第3、第4)について、本稿ではその事件の詳細には立ち入らないが、公訴事実第2はBを殺害するために薬品を盗み出した行為についての殺人予備・窃盗、公訴事実第3はBを殺害した行為についての殺人、公訴事実第4はCを殺害した行為についての殺人の事案である。

(2)本判決で認定された主な事実関係

イ) 被告人は、平成30年5月にBと婚姻したが、令和元年10月頃にはAと不倫関係にあり、同関係は、Bとの間にCが誕生した後もほぼ間断なく続いた。

ロ) 被告人は、令和2年秋頃から競馬投資の資金を得るため消費者金融から借り入れを行っていたが、その後返済に窮するようになり、令和3年1月頃から、Bに無断でB名義の口座預金を流用し、自らの借金の返済に充てていた。

ハ) 被告人は、令和3年2月22日、Bが口座預金を確認するために郵便局に行こうとしていることを知り、これを控えさせるために、Bに睡眠薬を服用させた。これにより、Bはその約10分から20分後、めまい、眠気及び吐き気を訴え、ほどなくして眠り始め、更にその約10分から20分後からは、尿失禁、おう吐、足取りが大きくふらつく等の症状が生じた。

ニ) 被告人は、令和3年3月26日から翌27日にかけて、Bから「B名義口座に不審な入出金があるので銀行に直接行きたい」旨を伝えられたところ、銀行の翌営業日である同月29日午前7時15分頃、Bに意識障害を生じさせようと考え、被告人方において、睡眠薬を混入させた飲料を作成し、テーブル上に置いてBに提供したが、Bはこれを飲まなかった。

ホ) 被告人は、同日午後4時頃、B名義の預金口座からの不審な入出金について、Bに対し、前記預金の流用を認めたが、Bはこれに怒り、その後、被告人方において、Cを連れてBの実家に帰る旨を伝えた。

ヘ) Bの実家は被告人方から片道約80キロメートル離れており、自動車で向かう場合、最短でも約1時間30分かけて運転する必要があり、被告人も当時これを認識していた。

ト) Bは、同日午後5時15分頃から午後6時頃までの間に、前記ニ)のとおり被告人が用意した睡眠薬入りの飲料を飲んだ。

チ) 被告人は、同日午後5時50分頃、テーブル上の前記飲料を見た際、その量が少なくなっているように感じた。

リ) Bは、同日午後6時頃、Cを乗せた自動車を運転して、被告人方を出発した。

ヌ) Bは、出発後、ガードレールに接近する等10回ほどふらついた後、同日午後7時32分頃、デリネーターポール2本に順次衝突して、これらをなぎ倒して停止した。

ル) 本件事故は、Bが睡眠薬を摂取したことによる意識障害が原因で生じた。

(3)争点

本件公訴事実に関する争点は、2点ある。

1点目は、本件不作為についての実行行為該当性(作為義務違反の有無)(以下「争点①」という。)であり、この点、弁護人は、本件不作為は、作為による殺人と同価値と評価されるべきほどに人を死亡させる現実的危険を有する行為ではなく、殺人の実行行為に該当しないと主張していた。

2点目は、被告人のB・Cに対する殺人の故意の有無(以下「争点②」という。)であり、この点弁護人は、BやCが死んでも構わないとは考えていなかった旨主張していた。

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